僕の人生のキーパーソンの話

自分の人生を大きく変えた奴っていますか?

 

この間、武井壮の「大人の育て方」というスピーチをユーチューブで見ました。

彼については、「スポーツの何かを頑張っていた人」ぐらいの認識しか無く、彼がしっかり話す姿を見るのは初めてでした。なんでも、孫正義のスピーチの関連動画欄にあったものですから、さぞいい話に違いない、とおもって興味本位で見たのですが。そんな彼のスピーチの中に、こんな一節がありました。

「1人の芸人さんと仲良くなって、それがきっかけで色々な芸能人やアーティストの方とよく遊ぶようになった。そしてあることにだんだん気づき始めたんですよね。」 

ここのフレーズ、スピーチの本題の部分とは少し関係がないところだったんですが、僕には少し印象に残りました。武井壮がある一人の芸能人をきっかけに始まった交友関係から、人生での大切な大きなことに気づいていくという文脈でした。

 

一人との出会いがその後の人生を大きく変える。

 冒頭にも書きました。皆さん、自分の人生を大きく変えた奴っていますか?

 

少し前置きが長くなりましたが、今日は「人生を変えるような出会い」について、私の体験をもとにしながらお話したいと思います。

 

学生時代

私は、小学生の頃から「英語ペラペラの人」に憧れる少年でした。

 その後、中学、高校、大学、と駒を進めて行くわけですが、私が一貫して目標にしていたのが「アメリカのティーンズの英語」や「黒人英語」でした。

 向こうの人々が友人と自然に話すように英語を喋りたい。わたしなそんな思いを抱えながら、英語話者の少ない日本で同世代の”友達”に出会える日に備えるため、英語を学んできました。それが最初にして最大の学習モチベーションでした。

 進学校に進んだ私は、英語話者の友人に出会えませんでした。留学に行くお金もツテもない中、若者の英語に触れる機会は映画の中だけ。しかしココでも私は、きたる日のために英語を学び続けました。

 

そして大学入学!!これでやっと”友達”と出会えるかもしれない!

そう思っていたのもつかの間、サークルやバイトの波に流されて、留学生の友達をつくるという意識すら、日に日に薄くなっていきました。そして1回の冬、サークルをやめました。かなり熱を入れていたダンスサークルを。

「留学を目指そうと思ったから」、これも大きな理由の一つでした。

 

この決断は私の中でとても大きなもので、現状の生活に不満を抱えた自分に気づいた結果、なにか方策を打たなければと思い出した苦肉の策。

ほんとに良かったのだろうか、そんなことを何回も考えました。しかしこの後まもなく、私は人生を変えるキーパーソンに出会うことになるのです。

 

キーパーソン

Sup brah. 

彼とのメッセージはこうやって始まります。そう、お気づきのように、私の人生を変えたキーパーソン、それは同時に、私にとって初めての”友達”だったのです。

彼の名前はサイモン。私のキーパーソンであり、初めての英語話者の友達です。

 

私はサ−クルをやめた次の春から、週3回の見るからに英語力が上がりそうなクラスを取りました。「授業内容:ずっとスピーキング練習。」そんなシラバスの説明を見て、少し緊張しながらも私は新たな扉を叩いたのです。

初回の集まりではグループでディスカッション。その具合を見て上下クラスに分けるというものでした。終わって結果通知を待ち、来たのは「上のクラス」いう伝言。幼き日からの練習が間違ってなかったのでしょうか、とても誇らしい気持ちになりました。

とはいえ、20人ぐらいその選考にいた気がしたので、上級クラスも人数が多いだろうなあと思っていました。しかし、一回目のクラスで僕が見たのはたったの3人でした。私はここで初めてサイモンに出会います。

なんにせよ僕含めて4人ですから、全員の名前と顔を覚えるのは容易でした。上海から来た英語スラスラの哲学人。日本人の陽気な先輩。そして、サイモンでした。

 

 サイモンはこの中でも特出して英語ができました。彼は韓国人で、ハワイで生まれ。生まれてから5年間ハワイに滞在し、その後中国に移ってまた5年。そして韓国へ初めて帰り7年過ごし(この間にアメリカに1年留学)、現在日本に留学してきて二年目。異色の経歴でした。

韓国語、中国語、英語のマルチリンガルです。そして専門は機械工学。私には刺激が強過ぎました。こんな人が存在するのだと。加えて彼の英語は、私の理想とするようなアメリカ英語でした。そんな彼が私のなかでのキーパーソンとなるのです。

 顔と名前を覚えた私は、次のクラス前に積極的に話しかけました。同世代でここまで英語を話す人を、私は未だかつて見たことがなかったので、それはとても新鮮な感覚でした。

 

彼は音楽が好きでした。そしてまた、私も音楽が好きでした。実は、私がサークルをやめた理由のもう一つはこの、「音楽制作活動に力を入れたい」という思いからでした。「ダンス」「学業」「音楽制作」「留学」。どれかを削らなければ保たない、となってダンスをやめたのです。

それはさておき。それほどまでに音楽が好きだった私は、サイモンといろんな音楽の話で盛り上がりました。EDMとハウスは如何にして違うのか、とかを熱く語ったりしました。趣味があえば打ち解けやすいもので、サイモンと私はそれからよく遊びに行く仲になりました。はじめての”友達”です。

 はじめは彼の英語に全然ついていけませんでした。さっき書いたように、彼は非ネイティブにしてはかなりのティーンイングリッシュの使い手でしたので、私の知識が及ばないところが多くありました。

 加えて、アメリカに住んでいた彼は、英語だけでなくその文化も標準装備していました。ラップの文化が好きだし、よく「9GAG」を見る。カラオケではエミネムを歌うんです。どれも私にはとても新鮮でした。(「9GAG」を知らない方はぐぐってみてください)彼から多くの英語圏の文化を知りました。

 

しかし、彼がキーパーソンである所以はこれだけではありませんでした。彼と出会って変わったもの。それは、交友関係でした。

彼には韓国人留学生のコミュニティーがありました。彼を通じて、多くの他の韓国人と交流することになりました。そしてその韓国人友達と受けた授業で、また違う国の人と友達となって…、と。彼と出会って一年の間で、信じられないくらいの留学生友達ができました。

もはや会話力も桁違いに上がり、上がれば上がるほどいろんな交流に参加する。小さな出会いをきっかけに、私は何十種類もの「視野」や「考え方」、「文化」を感じることになったのです。そういう意味でも、サイモンはキーパーソンでした。

 

人生を変える人

さて、本題に戻ってきました。

自分の人生を変える奴に出会う方法、それは何か。どうして私がキーパーソンに出会えたのか。それはちょうど話した内容に集約されているはずです。

 私が取った大きな行動は「サークルをやめたこと」と「英語の新たなクラスを取ったこと」。つまり、自分の現状を見直して改善方法を取り、新しい出会いのある場所へ飛び込んだ、のです。

 

自分のいまの生活、いまのコミュニティーから、人生を動かすようなやつに出会うことはまずないと思います。そして、あなたが今の生活に満足しているなら、今の生活を続けていてもいいのだと思います。

 ですがそうではない場合。新しいことに挑戦するキャパが今の生活では確保できないのならば、ときにその今の生活を根本的に変えることも必要なのかもしれません。「迷ったら物語が変化する方を選べ」というのはよくいった言葉ですが、現状に不満があればなおさら思い切る必要がありそうです。

 すくなくとも、私はいまサークルをやめた後悔は微塵もありません。「自分の人生を変える奴に出会う方法」、言い換えれば「自分の人生を変える方法」は、常に自分の選択と挑戦心にかかっているのかもしれませんね。