ゲイの外国人と喧嘩して気づいた私たちの英語力

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日本人の英語力じゃ張り合えない?

 

皆さんコンニチハ。リトマです。

先日、ちょっと面白いことがありました。

 

ドイツ人との喧嘩です。

 

え、留学に来て2週間そこらで喧嘩?

え、21歳になって喧嘩?

 

っていう声が聞こえてきそうですが..

 

それはさておき。

 

今回はそんな外国人との喧嘩の中で気づいた事について少し書いていきたいと思います。

 

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外国人との喧嘩

 

事のきっかけは、仲のいいドイツ人との冗談の掛け合いでした。

 

はい、もうこの時点で分かると思いますが、かなりショーもない喧嘩です(笑)対象年齢10歳とかのレベル。今になってこの場に書くのが恥ずかしくなるレベル。

 

まあそれはひとまず置いきましょう。

 

私たち(ドイツ人と私)は、この寮に来て1日目に知り合って、それからグループでずっと遊んできました。

 

冒頭でいった通り、その期間わずか2週間。ですが同じ寮で朝から夜中まで一緒にいることもあり、私たちの仲は「半年ぐらいは一緒にいる友達」のような感覚でした。

 

そんな私たちがどのようにしてバトルになったか。

 

事の発端は「いじり」でした。

 

motherf**ker」って、彼のためにある言葉なんじゃないかってくらい、彼は嫌みなやつです。

 

ある程度仲が良かったのもあり、普段はかなり多めに見ていました。ですが今回、仲が良かったことこそが原因になって、「そろそろ言いたいこと言わせてもらおう」スタンスになったところ、軽いバトルになったのです(いや小学生かよ)。

 

ちょっと言い訳もかねて深く説明すると、このバトルにはもう一つの忘れちゃならない大きな原因がありました。

 

そもそも私は、「いじり」によって生まれる「笑い」が嫌いなわけではありません。小藪も後藤もジュニアも黒田もみんな大好きです。むしろ「いじりいじられ」には慣れ親しんできたほうだと思います。

 

じゃあ何がバトルを生んだのか。

 

「彼(ドイツ人)はゲイ。」

 

これがこのプチバトルの背景にありました。

 

ゲイはいじれない

 

皆さん知っている方も多いと思いますが、西洋をはじめ日本以外のほとんどの国では、男は「長財布やハンドバック」を使いません。

 

日本で大学生をしていると、トートバックだとか手カバンだとかは日常的に使うし、長財布に関しては「いい大人の持つサイフ」ってイメージも少なからずあると思います。

 

現に私の父も革の長財布を使っていますし、金持ちになればなるほど「ヴィトンの長財布」を持っている人は多いです。

 

彼が私にするいじりは、この「私のファッションがレディースっぽい」っていういじりがほとんどでした。

 

さっきも言ったように、いじりいじられには慣れている方(自称)なので、普段は軽く「ファッキャファッキャ」ゆうて流してたんです。けど今回「そんなレディースなナリして日本人の女の子に相手されんやろ」的な旨のいじりをされました。

 

私は日本では普段、いじられても100倍でいじり返すぐらいの「強い気概と精神(笑)」を持って生きています。「日本ではそこそこ相手にされるわボケが!」ってなった私(笑)は即座に言い返す態勢に入りました。

 

しかし、つまりこのゲイ外国人からのいじりの100倍の仕返しは「おまえそんな顔でそんななりして他のゲイにもてるわけないやん(笑)」っていいう刺激強めの(そしてコンプラぎりぎりの)内容になるわけです。

 

なんにが言いたいかっていうと、「ゲイ」っていう文脈がある限り、私としては下手にいじれないってこと。(倫理的に)

 

その、自分はいじられないのに私を「性」関連でいじってくる感じが、「は?なめんなよこっちは仕返しせんと我慢したってるねん」ってなって私は激高しました。

 

まあ激高は盛りましたが、かるく何かが吹っ切れました。

 

そしてそのあと人生史上まれにみる沈黙に場が包まれることになります。

 

英語力で張り合えない

 

その、何かが吹っ切れるところまでは良かったんです。

 

問題はその後でした。

 

「英語力が全然追いついてこない。」

 

他の記事でも少し匂わせていますが、私は日常のスピーキングに関して「なかなか悪くない英語力」を持っています。日本のノンネイティブの中ではかなり上の方の一握りであると自負してます。ですが、「口げんかで太刀打ち」できませんでした。

 

なんかもうやる瀬なかったですよね、普通に。

 

私の中で何かがぷつんと切れた後、初めに出てきたのは「Cut the crap.」でした。日本語にして「ええからだまれや」って感じのスラングです。

 

皆さんがよく知っているであろう「Shut up.」や、その進化版の「Shut the f*** up.」などはけっこう普段じょーだんっぽく使うので、この「Cut the crap」ってのは少しきつめなフレーズです。

 

ゲイのドイツ人に「Cut the crap.」っていった後、さてここからどう攻めようってなりました。

 

伝えたかった内容はさっきも書いたように、「お前ゲイで他からいじられにくい立場やのによーそんなことゆえんな、なめんなよこっちは仕返しせんと我慢したってるねんボケが」です。

 

ただこれを、

  • 噛まずに(喧嘩で噛んだら負けです)
  • 倫理的に柔らかく(ゲイ自体を否定したいわけではない)
  • かつトゲトゲしく(相手を黙らせるべく)

英語で表現しなければなりませんでした。

 

ムリでした。

 

さっきも言ったように、このプチバトルの内容は小学2年生レベルの内容です。答え合わせをすると、なぜそうなったかっていう理由は、もろ「英語力の無さ」なんですよね。

 

日本だったら、「お前そんなんで他からいじられにくい立場やのによーそんないじりできんな、こっちは仕返しせんと我慢したってるねんボケが」って、相手の火加減を見ながら最適なラインで投球できるのです。なんならその場をそのまま笑いに変えることだってできます。

 

ですが、今回私は、

 

黙り込みました。

 

だって、英語でそんな器用にゲイをいじれませんもん。

 

結果的に、場は沈黙。「ええから黙れや」って啖呵を切ったのは私ですので、言葉のキャッチボールは「完全に私が次投げる番」でした。けどそんな英語は出てこないから黙り込み。

 

これが今回、ただの「いじり合い」があたかも「離婚前のような喧嘩の空気」になった原因でした。

 

  • ゲイという境遇
  • 英語力の問題

 

ってのがなければ、ただの日常で終わっていた今回のプチバトル、色々「日本人の英語」について思うことがありました。

 

「日本の英語教育どうこう」ってのもありますが、それはこの際少し置いといて。

 

今回強く感じたのは、こういった英語での「人間的な会話(私たちの感情がシンプルに表れる会話=喧嘩)」の場面で、100%を発揮できない日本人だから世界に相手されないのではないか、ということです。

 

日本人は地球のインキャ

 

分かりやすい例でいうと、中学校や高校のクラス。「自分を上手く表現できないやつ」ってのは「いんきゃ」として舐められますよね。

 

よく「オタク=舐められる(インキャ)」っていうのを見かけますが、あれは間違いです。オタクでも自己主張ができてコミュニケーション取れる奴は舐められません。

 

カーストトップでも、「AKB好きやゲーム好き」なんかざらにいます。「学校でカースト上の方の不良たち」が集まるようなサッカーチームでも、「AKBカード」を集めてる奴らもたくさんいました。

 

ちょっと脱線しました。話を戻しましょう。

 

「自分を上手く表現できない」ってのは、かなり舐められます。日本人って、世界的にそういった位置にいるんじゃないかって。もちろん「英語力(喋り力)」が原因で。

 

先日、ZOZOの前澤さんが月に行くってことで「世界に向けて」英語でスピーチしてました。内容はとっても良くて感動、起業家の中でも個人的に前沢さんは大好きなので、スピーチの動画は2回ぐらい見ました。

 

しかしながら、あれをみて「日本の英語は間違っていない」とか「ああやって伝えようと努力すればいいんだ」ってバンザイする人ははっきり言ってアホです。

 

あのスピーチからは前沢さんの本当の英語力がどれぐらいは分かりませんが、「英語力」という面でみれば決して「よくはなかった」です。

 

お気づきの皆さんも多かったと思いますが、ああいった「極めて大事なスピーチの場」では「公式のカンニング」が行われています。今回の前沢さんの演説の時も、左右に原稿が表示されるマジックミラー的なのがありました(大学の入学式の学長挨拶とかでも使われます)。

 

つまり、悪く言えば「原稿を読んだ」だけです。前澤さんがどれほど原稿に頼っていたかは分からないので、本当の英語力に関しては何とも言えませんが(強調しますがスピーチは素晴らしかったです)。

 

しかし、あれを見て「バンザイして日本の英語力を肯定しにかかる人」は見過ごせません。日本人の英語力は完全に後れを取っているという現実から目を背けてはいけない。

 

あのスピーチの後の質問タイムで、前沢さんがしっかりと受け答えしていましたか?答えはノーです。本当の英語力ってのはそっちなんです。

 

そもそも、彼ほどの偉業を成し遂げている人には「逆に英語力は必要ない」です。あの月へ行くスピーチのように、「英語でのスピーチ力=原稿を覚えて読む力×表現力や聞かせる力」ってのがあれば十分です。

 

はい、前沢さんの話はそんなところにしといて。

 

今回の喧嘩の話は「スラングを含め、喧嘩(感情を100%で表現する場)で渡り合えるか」って意味での英語力の話なので、一見そんなアカデミックな話とは関係ないように映るかもしれません。

 

しかし、ほんとにそうでしょうか。

 

むしろ、そういった「普段感情を表現するための英語が自由に扱えるか」が深く関係しているのではないでしょうか。アカデミックな英語も、普段使いの英語も、70%ぐらいは共通しているように思えます(単語だけでなく、発音やトーン・表現力も含めて)。

 

超ビックなどではない普通の日本人にとって、「感情をしっかり表現できるほどの英語力」がないってのはかなり致命的。これからただただ世界(英語圏)から舐められ、相手にされなくなる時代になると思うのです。

 

いつまでも英語弱国として扱われている日本。

 

日本人が「地球のインキャ」として扱われていく未来は、もうすぐそこに来ているのではないでしょうか。