私が高校生の留学に反対な理由、それは青春。

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華のセブンティーン!

 

コンニチハ。リトマです。

今日、妹の高校の文化祭に行ってきました。

 

なんかいいですね、「青春」を肌で感じられました。

女子の踊りに男子が歓声を上げ、男子の踊りに女子が騒ぐ。

映画でよく見るようなワンシーンで、自分の高校生活を鮮明に思い出しました。(ここまで華やかではありませんでしたが。)

 

さて、本日はそんな「高校」にまつわるお話です。

題して、「私が高校生の留学に反対な理由」

 

先程話した、「青春」も大きく関連してきます。

それでは早速みていきましょう。

 

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高校生活

皆さん、高校で「青春」しましたか?

 

私は、そこそこでした。

みんなが夢見るような輝かしい「青春」ってわけではありませんが、周りの人にも恵まれて、人並みには高校時代を楽しめたと思います。

 

「勉学のウエイトが多かった」というのがこの「そこそこ」の一番の理由だとは思いますが、それでも「文化祭」や「運動会」などの行事ごとでは、「青春」を味わっていたんじゃないかと思います。

 

文化祭で踊る好きな子を見て、終わった後に話しかけに行ったり。

運動会でぶっちぎりで活躍するかっこいい奴に写真をお願いしたり。

放課後部活終わりにたまたま帰り道が同じだったり。

最後の大会を応援しに行って、帰ってから「良かったよ!」とラインしたり。

 

人によって色々な青春の形がありますが、この「青春」を体験できるのは高校時代だけだ!という意見には大抵の人が賛成してくれると思います。

 

そして、上に挙げたような「青春」、この記事を読んでいる多くの人が思い描くような「青春」は、日本での高校生活の「青春」だと思います。そうですよね?

 

日本にいたからこそ、そんな淡い青春が経験できたのだと思います。日本人・日本の文化らしい形での「青春」です。日本から離れれば、この経験をすることは無かったかもしれません。

 

高校生での留学に反対な理由。

私は、「高校生」の時期に「留学」することにやや反対です。

 

少なくとも、それが100%いいことだとは思いません。

「留学」で言語や文化の環境を早い段階から創ることは、言語を習得する上で大事じゃないのか。

 

はい、もちろんそうです。しかしながら、こと「高校生」で「留学」するのは少し犠牲が多いと思うのです。

 

「青春」の犠牲が。

 

どういうことか。

 

海外に「青春」がないのかと言うと、それは違います。

 

アメリカにはアメリカなりの青春があるでしょうし、ドイツではドイツの青春がある。

韓国には韓国の青春があるでしょうし、中国には中国の青春がある。

 

海外の「青春」の情報は映画からの情報でしかありませんが、それでも日本とは色の違う「青春」がそこにしっかりと存在することは容易に理解できるでしょう。

ハイスクール・ミュージカルではアメリカの高校生活での「青春」が書かれていますし、ハリーポッターで描かれる「プロム」は、イギリス高校生の青春の大切な1ページです。(プロムを知らない方はぐぐってみてください)

 

海外にも青春があります。

「じゃあ留学してもそっちで青春できるじゃん。」って声が聞こえてきそうです。

 

ほんとにそうでしょうか?

 

みなさん、「トレードオフ」という言葉をご存知ですか?

何か物事をするとき、その裏で何かを犠牲にしなければならない。これを経済用語でトレードオフといいます。例えば、「スピードを早めること」と「正確性」はトレードオフになっています。ある程度の正確性を下げないと、スピードは上がらないからです。ほかにも、「食事を摂ること」と「ダイエット」はトレードオフだったりします。お分かりいただけると思います。

 

ではこの場合、「日本での青春」と「どこか海外での青春」はトレードオフになっている。

と、多くの人は思ってしまうと思います。

 

違うのです。

 

これが私の「高校生での留学に反対な理由。」です。

多くの方は、「どこか海外での青春」を捨てれば、「日本での青春」を手に入れれるのと同様に、「日本での青春」を捨てれば、「どこか海外での青春」が手に入ると思っています。

 

しかし、これは大きな幻想です。

日本から海外に渡った言語力・文化力で、思い描くような青春は得られない。

 

これが私の意見です。もちろん、高校の3年間留学にまるまる行くなら話は別です。その場合、高校二年ぐらいになってからは、周りの人と同じような「海外の青春」が味わえるでしょうし、最後のプロムでも周りと同じような「淡い人間関係」を体験できると思います。

 

しかし一年ぐらいの留学の場合。むこうでそこまでの「青春」は期待できないと思うのです。文化力が追いついていない、言語もままならない、そんな中で周りと同じような青春体験はできないのではないかと思います。

 

そもそも国内にいても、心の底からコミュニケーションできるぐらいの文化力・言語力がないと「青春」を生むことはムヅカシイと思います。

 

そんななか海外において、ポッと出の日本から来たコミュニケーションのままならない”人”に、彼らが他の友人達と同じ対応をするとは思えませんし、そこに「青春」は生まれる余地はないのではないかと思います。男女ですからなおさらです。

 

「日本でできるであろう青春」の何割の青春がむこうでできるでしょうか。

その点において、高校生での海外留学は犠牲が多いのではないか、と思うのです。

 

確かに、高校生活において「青春」が全てではありません。

 

しかしながら、「青春」は輝かしく、何年経っても心に残り続けるものです。

そんな「青春」を無駄にしていいのか。

 

もちろん筆者もアメリカ映画のような「青春」も体験したかったです。(ハイスクールミュージカルのような)

 

しかし、それが本当の意味でできるようになるには、中学生ぐらいから向こうに渡り、文化や言語の経験を積んでいないといけない気がします。そうしないともはや”自分自身”もその文化での「青春」を腹の底から楽しめないのではないかとさえ思うのです。

 

それができないのならば、日本で「青春」を楽しむほうが幸せなのじゃないでしょうか。

これが私の結論です。

 

「んならいつ留学いけばいいの」って方がいらっしゃいそうですが、留学はそれより前、中学生の頃に行かせばいいのではないか、と思います。

まあ、中学生の子供を留学行く気にさせるのは至難かもしれませんが。そこは置いといて。

 

バイリンガルや帰国子女の人も、同じく日本の「青春」を味わえていない人が多く居るでしょう。

「留学」はある意味、「青春」を殺すのだと思います。

 

おわりに

いかがでしたか?

 

以上、「私が高校生の留学に反対な理由」でした。

 

なんども言いますが、やはり「青春」って素晴らしいものだと思います

皆さんの一度しかない「青春」、それをどう使うか。

 

「青春」なんてとっくに終わった。という方が多いと思いますが、子育ての時などにちらっとこの記事を思い出してもらえれば嬉しいです。

留学帰りの帰国子女にむやみに嫉妬することもなくなるかもしれませんね(笑)

 

ご精読ありがとうございました。