完全自動運転の普及、不可能か現実的か。

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皆さんコンニチハ。リトマです。

 

「信号がなくなる」

 

先日とある記事でこのような文句を拝見しました。

自動車の自動運転が完全に普及し、すべての自動車からハンドルが必要なくなったとき、事故は起こらなくなり、自動車保険はおろか信号すらなくなるというのです。

 

果たしてそうでしょうか?

 

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自動運転の現状

その記事によれば、日産が`22年、ホンダが`25年までに、ハンドルを必要とせずドライバー不要な「完全自動運転車」を実用化する、と宣言しているようでした。

 

先日のニュースではアメリカのとある施設ですでに自動運転の試用が行われているそうです。アメリカでは日本より数歩進んで自動運転の開発が行われているらしい。

これらはまだ物語の序章に過ぎない段階ですが、自動運転車の実現化は着実に足を進めていっているといえるでしょう。

 

では、果たして完全自動運転の時代は来るのだろうか。

たしかにこのまま研究が進むと、完全自動運転車たるものは実用化目前と行ったところである。

 

しかし、その完全自動運転車が従来の自動車を駆逐し、完全自動運転車のみしか車道に出ない日が来るのだろうか。

事故率0%の車が車道を100%占め、信号や自動車保険の必要ない時代が来るのだろうか。

 

来ない。筆者はそう思っています。

スマホが普及してガラケーが廃れた。

自然淘汰のようにより進化したものが取って代わるのではないか、という声が上がりそうです。

 

たしかにスマホの場合はそうかもしれません。しかしそれは、スマホ∋ガラケーだからなのです。

ガラケーの主な機能、”通話”と、スマホでのそれに大差はありません。スマホはそれに信じられないくらいの特殊機能がついているという話であって、こと自動運転車に関しては少し状況が違います。

 

なぜ自動車を使うのか。

自動車を私達が使う目的は2つあります。

ひとつめは”移動手段”です。

 

通話手段としてのスマホがそうだったように、完全自動運転車は自動車のもつ”移動手段という役割”を引き継いでいます。つまりただの上位互換であるということです。

スマホがガラケーの”通話手段という役割”を引き継いでいたのと同じだと言えるでしょう。

 

しかし自動車を使う目的はもう一つあります。

 

それは”運転する楽しみ”です。

 

人々がドライブに行く理由の一つ、それは車を運転したいから、なのです。

マリオカートやイニシャルディーがあれほどまでに流行ったのは、人々が車を運転する楽しさを求めていたからでもあるのです。

五人ぐらいの仲のいい友達とドライブに行き、運転手を誰が務めるかを争いじゃんけんをした経験があるんじゃないでしょうか。

 

純粋な運転したいという欲求を超えた、自分の運転技術をみんなに知らしめたいという思い、これも広義的には”運転する楽しみ”なんだとおもいます。

 

完全自動運転の時代はこれを実現できない。

人々の”運転する楽しみ”を満たせないのです。

 

マニュアル車の例はこれとよく似ています。マニュアル車が自動化し、今のオートマ車が普及していきました。

移動手段という点では双方変わりはないけど、運転の楽しみという点では少々異なります。オートマがこれほど普及した現在でも、一定数の人たちはマニュアル車の操作の楽しさを好むのです。マニュアル車の規制など出てくるはずもなく、マニュアル車は僅かではあるが未だに公道を走っているのです。

 

同様に、完全自動運転車が大半を占めても、従来の自動車に乗りたい輩は多くいるでしょう。筆者が言いたいのはそういうことなのです。

 

では、いま馬は街を走るの?という声が聞こえてくるかもしれません。

自動車が普及する前、移動手段を担っていたのは馬でした。

 

これもいわば完全自動運転車と自動車の関係と同じであると思う人がいるかもしれません。

さっきの論理だと今も馬に乗って公道を走る人がいることになるんじゃないか、と。

 

筆者はいいたい、いや少し違う、と。

先ほど筆者が言った、人々が車に乗る理由。それは

移動手段と運転する楽しさ、でした。

そして完全自動運転車には後者が欠けている、と言ったのです。

 

馬の例を見ていただきたい。自動車も、馬の”運転する楽しさ”を引き継いでいるのではないでしょうか。もちろん馬には馬の”運転する楽しさ”があって、自動車のそれとは違うでしょう。

しかし、根本の部分では共通していると思うのです。故に、馬から自動車の移行は可能でした。

しかし今回の完全自動運転車の時代では、そもそも”運転する”という能動性が消えるのです。”運転する楽しみ”はなくなるでしょう。

 

おわりに。

はい、皆さんはどう思いますか?私もその筋の専門家ではないので、歴史認識の誤りや技術の過小評価をしてしまっているかもしれません。

加えて、未来の世界を予想するのはいつだって困難です

 

しかし筆者は当面この自論を主張していきたいと思います。

といっても、10年後には、「いや、自動運転は完全化する!」などと言っているかもしれませんね。

だって、未来はいつだって想像できませんから。

 

ご精読ありがとうございました。

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