バッドエンド至上主義。別れが深さを出すと思う。

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皆さんコンニチハ。リトマです。

 

「この映画泣けるわ〜」ってなる映画。皆さんも多く出会ってきたかと思います。

筆者はこの間、アイアムサムを見ました。有名な映画ですよね。知的障害を持つ父親が、幼い娘の親権を争い苦悩する。レビューなどでの評価も高く、「感動系」の名作中の名作です。

 

特に主演のショーン・ペンの演技は圧巻で、さすが主演男優賞に選ばれただけあるなあ、とひとり納得しました。

 

しかしながら。筆者はこの映画を見て泣けませんでした。

理由はこう思います。

 

ハッピーエンドだったから。

 

筆者の持論として、「物語はバッドエンドのほうが深みが出る。」というものがあります。

物語がハッピーエンドにならない、物語が見る側の希望通りに動かない。それでこそ物語の深みなるものが出てくるのだと思っています。バッドエンド至上主義です。

 

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バッドエンドとは?

それでは、バッドエンドを支えているものはなんでしょう。バットエンドとは具体的にどんなものか。皆さんはわかりますか?

 

筆者の持論では、バッドエンドは、

”決別”

によって生み出されると思います。

 

そしてこの”決別”の中でも一番メジャーなのが、

”死”です。

考えてみてください。世の中には何百万もの”死”に関した映画があります。

「タイタニック」、「ゴースト」に始まり、邦画では「永遠のゼロ」や、「余命一ヶ月の花嫁」など、”死”という”決別”(=二度と会うことはできない)を通して、人は感動と切なさをもらえることができ、泣ける映画となるのです。

 

「一口に”死”といっても、バットエンドじゃないものもあるでしょ!」と反論もあるかもしれませんが、”死”によって”永遠に会えない人”が描き出される映画は、少なくともハッピーエンドとは言い難いでしょう。

 

”決別”には”死”以外にも考えられるものがあります。

その一つは、”記憶の消滅”です。

「エターナルサンシャイン」や、「君と読む物語」に代表されるように、愛する人の記憶がなくなってしまうことで、二人の関係は赤の他人のようになってしまう。二度と昔のように出会うことのできない関係、いわば”決別”なのです。

 

この種類の映画は、筆者個人的にはとても好きな映画が多くあり、先程上げた2つも号泣したような覚えがあります。(昔すぎて定かではない…)

死だけ、というのはある意味”記憶の消滅”よりまだマシです。

「死んでしまった恋人は自分のことを天国で想っていてくれている」、と残された側は考えれるからです。「ゴースト」とかはまさにこの系統です。

 

しかし”記憶の消滅”となると話は別です。

そこには生きていてなお、あれほど仲の良かった自分のことを、赤の他人としてみてしまう恋人などがいるわけです。

切ないですよね。”記憶の消滅”も大きな”決別”の要因です。

 

最後にもう一つ、

それは、”時間の齟齬”です。

つまりSF系の物語です。

この間日本で大ブレイクした「僕明日(僕は明日昨日の君とデートする)」などはこの類でしたね。

 

生きている時間軸が違う、だから次は会えない。

”時間の齟齬”が”決別”を生むわけです。ドラえもんシリーズもいくつかこういう感動系の話があったかと思います。なんせ彼らはタイムマシンという究極の決別製造機を持っていますから。

 

終わりに

バッドエンド至上主義分かっていただけましたか?

 

死、記憶の消滅、時間の齟齬、が決別という名のバットエンドを作るわけです。

 

実際映画にとどまらず、現実世界でも決別はとても切なく悲しいもの、だということを踏まえれば当たり前ではありますが。

 

今回見たアイアムサムは最後”決別”がイマイチだったので感動できなかったのかな、と思います。

 

今日は感動系に話をしぼってお話をしましたが、また機会があれば他のジャンルなどについても書いてみたいと思います。

 

ご精読ありがとうございました。

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